騎手(きしゅ)とは、馬を操縦する人のことである。
競馬の場合では、平地競走や障害競走では馬の背に騎乗するが、ばんえい競走や繋駕速歩競走ではそりや馬車の上に乗り操縦する。また騎手は自分の体重を含めて指定された斤量で騎乗することが求められる。
また落馬した場合には、落馬した地点に戻って再騎乗をしなければ、決勝線に到達しても正規の到達とはみなされない。そのため再騎乗をあきらめて競走中止となる場合が多い。
なお英語で騎手を表すジョッキー(jockey)は、ジャックやジョンの蔑称であるジョックに由来する。ジョックは後にジョッキーと訛り、単に競馬好きや馬好きを表すようになった。かつてイギリスの競馬施行体であったジョッキークラブも元々は競馬愛好家の集まりである。現在のような意味になったのは、騎手や調教師、馬主が分業されるようになった19世紀以降のことで、古い英語が残るオセアニア諸国等ではライダーと呼ばれることが多い。繋駕速歩競走ではドライバーと呼ぶ。
日本での免許制
日本では騎手になるためには騎手免許が必要で、中央競馬・地方競馬と別々の免許である。
中央競馬では日本中央競馬会が、地方競馬では地方競馬全国協会がそれぞれ発行しており、有効期限は1年間で、続けて騎乗する場合には1年毎に更新のために試験を受ける必要がある。なお調教師免許等と同時に取得することはできない。
また障害競走が行われる中央競馬では平地競走と障害競走とで別の免許となっている。
短期騎手免許
指定競走、交流競走、特別指定交流競走で騎手免許がない競走に騎乗する場合には、試験なく「その競走に限定した騎手免許」が交付される。外国の競馬で騎乗している騎手に対しては、日本の調教師・馬主を引受人として臨時に行われる試験に合格した上で、1ヶ月単位の短期免許を1年の間に3ヶ月間まで交付する。
調騎分離
現在、中央競馬及び地方競馬では騎手免許と調教師免許を同時に持つことはできない。つまり、調教師が自分の管理する競走馬に乗ってレースに出走することはできないわけである。
これは当然のことと思われがちであるが、1930年代以前は「調教師兼騎手」は珍しい存在ではなかった。大久保房松などは、管理馬に騎乗して日本ダービー制覇を達成している(1933年、カブトヤマ)。
調教師と騎手の業務が厳格に分離されるようになったのは1938年、日本競馬会が「職制分割、調騎分離」のスローガンの下、兼業を禁止して以降である。
騎手の養成
平地競走の騎手は50数キロ(日本の場合、最も軽いケースで48キロ)での騎乗が求められることから、体重に関しては人一倍神経を必要とし、なおかつ馬に騎乗し、その操縦を行うという高度な技術が必要である。 従って、一般の素人を騎手にすることは至極困難なことであり、よって養成が必要なスポーツである。
養成機関
中央競馬では1982年、騎手養成機関として競馬学校が設立され、騎手課程が設けられた。養成期間は3年間。それ以前は騎手候補生が騎手講習会(長期講習と短期講習とがあった)を受けた後、騎手免許試験を受験する制度が採用されていた。
競馬学校の受験資格は、年齢は中学卒業から20歳まで、体重は育ち盛りの年頃であるため、入所時に44キロ以下。
地方競馬では地方競馬教養センターがある。ここでは2年間の長期課程と6ヶ月の短期課程が設けられている。短期課程は主に競馬場での厩務員や調教助手などの経歴者、並びに海外の騎手免許を取得しレースに出走した騎手を対象としたものである。
どちらの機関でも、卒業前に騎手免許試験を受験し、騎手免許を取得させた上で、晴れて騎手となる。騎手免許が取得できない場合もあり、この場合に騎手になるためには再度試験を受ける必要がある。騎手免許の取得は中央競馬では3月1日、地方競馬は4月1日を基点としている。
騎手の収入
騎手の収入は主に以下の二つに分けられる。
- 競走に騎乗することで得られる収入
- 厩舎の手伝いをすることによって得られる収入
競走に騎乗した際には、主に以下の二つが騎手の収入となる。
- 賞金を得た場合には、その賞金の数%(日本の平地では5%、障害は7%)
- 騎乗手当
従って、賞金の多い競走に勝利するほど収入は多くなる。
厩舎の手伝いとは、調教時の騎乗がメインであるが、厩舎に所属している場合には厩舎の一員として、その他の厩舎の雑務一般も行う(競走馬の餌付け・寝藁の交換など)。厩舎の一員として仕事をする以上、厩務員などと同様、毎月厩舎より給料をもらう。ちなみに競馬学校に在籍する騎手候補生は必ずどこかの厩舎所属になることが義務付けられており、騎手としてデビューする際も厩舎所属からのデビューとなる。
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