小説家とは、小説を書くことを生業としている人のことである。
小説
小説(しょうせつ)とは、文学の一形式である。
小説とは、散文で作成された虚構の物語として定義される。 内容では、随想や批評、伝記、史書と対立するものであり、形式としては詩と対立するものである。 なお、英語でのnovelはスペイン語でのnovelaや、フランス語の nouvelleと同語源であり、もともとラテン語で「新しい話」を意味する。
小説・近代的小説の定義
以前は、小説と物語の間には明確な区分があるとされてきた。 すなわち、話の展開に内容から導かれる必然性があるものが小説であり、内容とはかかわりなく偶然のつながりによって話を進めてゆくのが物語という見方である。 言い換えると小説は「虚構の連続性と因果律のある話の構造」を持たねばならないことが条件とされた。
さらに発展して「話の展開と主人公の性格に必然的なかかわりがあるのが小説。そうでないのが物語」とも言われた。 19世紀以降に小説の主題概念が強くなるために「小説」は主題、主人公の造形、話の展開の結びつきが密接であることを要求されてきた。
ただしこのような観念は、20世紀に入ってジッドの『贋金造り』のような小説が登場するに至って、崩壊したといえよう。反小説なる小説まで登場した現代では、もはや何を以て小説とするかは一概に決めることはできない。
このように近代文学観の呪縛から離れてみれば、古代日本文学の『源氏物語』(紫式部)は、近代の心理小説に匹敵する描写がみられることが指摘されているし、古代ギリシャ文学の『ダフニスとクロエ』(ロンゴス)なども、「小説」的要素を持った最古の例のひとつといえよう。
純文学と大衆文学
小説は十九世紀以降純文学的傾向のものと大衆小説的傾向のものとに分類されることが一般的となった。それ以前の小説家は、例えばセルバンテスやラブレーがそうであるように芸術性と通俗性を区分することなくひとつの目標として追及することが多かったが、小説の読者がひろがり、技法的な発達を見せるにしたがって、ここに交通整理が行われるようになってくる。各国の事情によって多少の程度の差はあるが、現代文学では両者の傾向を分けて考えるのが一般的である。日本の場合には純文学、大衆文学の名を以てする。
日本において上記のような区分が具体的になってくるのは明治末年ごろの文壇からで、大正期のメディアの発達によってこれが具体化・固定化し、芥川賞・直木賞の制定によってひとつの制度としてとらえらえるようになった。戦前から戦後のある時期までは、純文学は芸術性を指向し、大衆文学は通俗性・娯楽性を指向するものであるという区分が明確で、「自分のために書く小説、読者のために書く小説」といった言いかたをされることもあった。またこの時期は純文学の主流は私小説、大衆文学のそれは時代小説であり、ともにそれを書く作家が固定していたのも特徴のひとつである。ただし当時から一人の作家について通俗的作品、芸術的作品の別がいわれることもあり、この間の事情は決して単純ではない。
現在では純文学、大衆文学の境界はきわめてあいまいであり、双方の作品を発表する作家、一方から他方へと移行する作家、自作について特段の区分を求めない作家が多くなってきている。今のところ、実態としては純文学・大衆文学の区別はその作品の掲載誌によって行うことがもっとも一般的である。
文学賞では、芥川賞は純文学の賞、直木賞は大衆文学の賞であり、受賞作家・作品をみればある程度具体的に捉えることはできる。しかし、芥川賞作家が娯楽作品を執筆することもあり(たとえば奥泉光、宇能鴻一郎)、作家名だけで判断することはできなくなっている。純文学作家の三島由紀夫でさえ大衆文学を書いている。逆に大衆文学の作家が純文学的作品を書く例もある(筒井康隆など)また、最近では芥川賞=純文学、直木賞=大衆文学と単純に言えない例も出てきた。第二次世界大戦後、両者の間に中間小説という分類をおくこともあったが、現在では中間小説という言葉はほとんど死語であろう。
以上のような傾向を純文学小説の堕落と見る向きもあるが、他方で、19世紀的な芸術/娯楽という二項対立的分類が、現代文学の状況を正確に把握しきれなくなったためではないかという指摘もある。海外でもチャンドラーやグリーンのように通俗性を保ちつつ高度の芸術性を発揮する小説作品が少なくない。
内容・分野による分類を概念的に示せば、通俗恋愛小説、冒険小説、推理小説、時代小説、通俗歴史小説、サイエンス・フィクション、ファンタジー、ホラー小説、武侠小説などは大衆文学とすることが一般的であるが、これらの性格を持ちながら純文学として遇される作品は戦前から少なくない。
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